歯医者に行くと、処置台に付いているテレビモニターで午前のワイドショーが流れていました。
やっていたのは、年末年始の帰省で起こったあれこれについてSNS上での話題をまとめたコーナー。義理実家の食器洗いのルールに辟易しただとか、義理兄弟家族がゴロゴロしててわたしばかり……とか、ド定番なのでしょうがそんな話ばかりでモヤモヤ。
同じような愚痴を聞かされるのなら、まったく見知らぬネットの向こうの人に気を揉むも、身の回りの人の心のわだかまりを引き受けてあげたい……
他人のむき出しの感情に不用意に触れてしまうとどうも気分を引っ張られやすいので、普段からできる対策はしています。

テキストベースの気軽さから愚痴や不満の吐きだめとなりやすいXやThreadsは、スマホからアプリを消去して必要なときにブラウザから開くようにしていますが、困ったことは今までありません。
ドラマ・バラエティ・ニュースなどのテレビコンテンツも、オンデマンドやサブスクで見たいものを見たいときに見るだけ。不要な商品やサービスのCMや触れたくなくても下世話な話題が流れてきてしまうワイドショーは自宅では何年も見ていません。(芸能やスポーツなど世の中の話題に疎く、そんなことも知らないの?と言われてしまうこともありますが)
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前置きが長くなってしまいましたが、我が家は義理実家とは敷地内同居して4年目。しょっちゅう行き来していますし、実はわたしの実家も車で15分ほどのところにあるので、いわゆる“正月帰省”のムードは無縁です。敷地同居の義実家とは家は完全に別個ですが、夕飯にお呼ばれしたり、子どもたちの面倒を見てもらったり、日常的に義母・義父とのコミュニケーションがあります。
お二人とも仕事を続けていて平日はほとんど不在なこともあり、あまり気遣いなく生活できていますし、盆暮正月関係なく実の娘のようにドーンとくつろいでいる図々しいお嫁さんを受け入れてくれる、器の大きさに日頃から感謝しています。
また、節句や七五三のお祝い事は親よりも率先して準備をしてくれるほど、息子たちに愛情を注いでくれています。核家族が圧倒的に多い現代で、おじいちゃんおばあちゃんが子育てに加わってくれることは、子どもたちにとっても親以外の世代の価値観に触れられるよい環境だと思っています。
世代のギャップは想像力で埋める
孫は我が子よりもかわいいなんて聞きますし、甘やかしたくなる気持ちも想像はできます。我が家もお隣に住んでいるが故、長男が庭を通って遊びに行くたびに甘いお菓子をたんまりもらっていたときがありました。
うーん、と思ったこともありますが、我が家でほとんど甘いお菓子を食べない分、おばあちゃんのところで食べさせてもらうのはなるべくおおらかに見守ることにしました。息子がわがままを言ってどうしようもなく、おやつを与えて間を保たせるというシーンも容易に想像できたからです。
それに、今の子育てはこうなんです!と物申させていただくのも嫌な感じですし、面倒を見てもらっている時間はお義母さんを信頼してお任せすることにしました。親が子にガミガミ言ってしまう分、おじいちゃんおばあちゃんはできるだけ甘やかしてくれる逃げ場所のような存在であってほしいからです。
最近はお煎餅などご飯の補食になりそうなものを選んでくれるようになりましたし、これはあげてもいい?とわたしに気をつかって確認してくれることが多いです。
基本のコミュニケーション不足が不満の種
子どもの世話でも洗い物でもなんでもそうですが、お願いするからにはやってもらったことに文句を言わず感謝を伝える。もし決まったやり方があるなら先に伝える。これに尽きると思います。
年に数回の帰省で日頃のやり取りも少ないうえ、人間同士の基本的なコミュニケーションも足りずに年末年始の数日間同じ空間で過ごせば、お互いに不満も溜まってSNS以外に吐き出すところもないですよね。
「郷に入れば郷に従う」の結婚観は消滅して、家族や家庭という共同体の捉え方、在り方もそれぞれ。とはいえ、ご縁で繋がった人間関係です。年に数回しか会わない義理両親や親戚なのであれば、人生のうちであと何回会えるかなぁと考えると、ちょうど良い距離感のコミュニケーションを探っていこうと前向きになれるかも。